四国のかたすみで・・・
愛媛の宇和島から日々想うところを書き綴ります
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長いスパンで・・・・
私の母親が逝ったのは60歳であった。それからすると私は後8年の人生ということになる。私は母親似らしく良くみんなにそう言われた。今月あった伯母の葬儀でも、何人かのお年寄りから「お母さんによう似とらい・・・」と言われた。
母には兄弟が沢山いたが、その中に、ぼくが幼い頃、良く散髪してもらっていた器用な伯父がいる。ぼくはこの伯父にも良く似ていると、みんなから言われていた。この人も早くに亡くなった。おそらく40代で亡くなり、それ以前の10年間くらいは半身不随で床に付いていた。そこの息子で私の従兄弟はメチャクチャ器用である。そしてぼくもどちらかと言えば器用で、たいてい何でも修理するし何でも作る。
そういう事などから考えて、私は早死にした母親似で、私が似ている伯父もそうだったから、私もそんなに長くは生きないだろうとか普通に想像出来る事である。そうわけで、もう52歳になったのだから、元気な今の内に逝く心の準備とかをしていなければと真面目に思っている。
その準備にブログはいいんじゃないかと思う。突然死んだら、このブログが遺書代わりになるし、日頃何を考えて過ごしていたかが良く分かるというものだ。このブログを私が死んでから読んで貰えると思うと頑張りがいがある。それに私にとっても書きながら心を整理する良い時間になっている。
それともう一つは最近始めた絵である。これは何とか続けて部屋に飾れるくらいになれば、家族に残せる形見にもなるし、飾って時々思い出しても貰えるだろう。想い出して貰うのは私の為ではなく、家族のそれぞれの為にである。それぞれが何かを判断したり、選択したりするときに、死んだ人の事を思い出すことが出来れば、問題を長いスパンで考えられるようになるという意味である。
もし私が早死にしても、家族のそれぞれが何かの時には、心の中に現れて落ち着いた判断や選択の手助けがしたい。きっと生きていてガミガミ言うよりずっと力になれるだろう。その為にも頑張って、身近に置いて貰えるような絵を描かなければならない(~_~;)
母には兄弟が沢山いたが、その中に、ぼくが幼い頃、良く散髪してもらっていた器用な伯父がいる。ぼくはこの伯父にも良く似ていると、みんなから言われていた。この人も早くに亡くなった。おそらく40代で亡くなり、それ以前の10年間くらいは半身不随で床に付いていた。そこの息子で私の従兄弟はメチャクチャ器用である。そしてぼくもどちらかと言えば器用で、たいてい何でも修理するし何でも作る。
そういう事などから考えて、私は早死にした母親似で、私が似ている伯父もそうだったから、私もそんなに長くは生きないだろうとか普通に想像出来る事である。そうわけで、もう52歳になったのだから、元気な今の内に逝く心の準備とかをしていなければと真面目に思っている。
その準備にブログはいいんじゃないかと思う。突然死んだら、このブログが遺書代わりになるし、日頃何を考えて過ごしていたかが良く分かるというものだ。このブログを私が死んでから読んで貰えると思うと頑張りがいがある。それに私にとっても書きながら心を整理する良い時間になっている。
それともう一つは最近始めた絵である。これは何とか続けて部屋に飾れるくらいになれば、家族に残せる形見にもなるし、飾って時々思い出しても貰えるだろう。想い出して貰うのは私の為ではなく、家族のそれぞれの為にである。それぞれが何かを判断したり、選択したりするときに、死んだ人の事を思い出すことが出来れば、問題を長いスパンで考えられるようになるという意味である。
もし私が早死にしても、家族のそれぞれが何かの時には、心の中に現れて落ち着いた判断や選択の手助けがしたい。きっと生きていてガミガミ言うよりずっと力になれるだろう。その為にも頑張って、身近に置いて貰えるような絵を描かなければならない(~_~;)
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